★ 水族館へ行こう ★
クリエイター木原雨月(wdcr8267)
管理番号314-3171 オファー日2008-05-18(日) 21:00
オファーPC レイド(cafu8089) ムービースター 男 35歳 悪魔
ゲストPC1 須哉 久巳(cfty8877) エキストラ 女 36歳 師範
ゲストPC2 須哉 逢柝(ctuy7199) ムービーファン 女 17歳 高校生
ゲストPC3 ルシファ(cuhh9000) ムービースター 女 16歳 天使
<ノベル>

 カランカランとけたたましいベルの音が、騒がしい雑踏を突き抜ける。
「おっめでとうございまぁす! 一等、銀幕水族館ペアご招待券二枚、持ってけドロボーッ!」
 わあ、と歓声と拍手が沸き起こる。周りの盛り上がりと反対に、引き当てた本人はぽかんとして『祝 銀幕水族館ペアご招待券』と書かれた袋を半ばねじ込まれるように受け取った。

 レイドは大量の荷物を抱えながら、帰途についていた。手には、町内会で行われた福引きで引き当てた銀幕水族館の招待券である。
「……参加賞のティッシュペーパーが欲しかったんだがなぁ」
 すっかり身に染みてしまった主夫発言をしながら、レイドは空を見上げる。しかもペア券二枚、ということは四人で行くということだ。
 レイドは大きくため息を吐いて、居候先のドアを我が家のように開けた。

「ぺあちけっと?」
「おー。四人までタダで行けるらしいぞ」
「そうなの? じゃあ、あと二人かぁ」
 やっぱり……とレイドは気付かれないように息をつく。自分が行くのはもはや確定らしい。面倒だな、と片隅で思いつつ、しかし自分を決して外さないこの小さな相棒が嬉しくて、小さく笑いもする。
「ルシファが決めていいぞ。場所は俺が決めちまったようなモンだからな」
 水族館がどんなものか、この小さな相棒──ルシファはわかってはいないだろう。しかし、これを引き当てたと言ったときの嬉しそうな顔と言ったらなかった。いつもは面倒だと思うが、彼女が笑うならば、それもいいか、と思う自分がいる。それは不思議な感覚で、しかし悪い気はしなかった。
「んっと、あのね、レイド」
「あー?」
「お姉ちゃんたちと行きたい」
 レイドは一瞬顔を引き攣らせた。
 ルシファがお姉ちゃんと呼ぶ存在はただ一人、そして「たち」と付いたからには、一緒に来るのはそれの師匠で。
「レイド?」
 自分を見上げてくる赤い瞳に笑って、レイドはぽんぽんとその頭を叩いた。それにぱっと顔を輝かせて、ルシファは駆け出す。
「お姉ちゃんたちに、電話してくる!」
 それに微笑んで、レイドは頭を掻いた。
 あの三人が揃って、無事に終えられるわけがない。少なくとも、自分は何かと苦労をしそうな予感がある。
「今度の日曜日、お姉ちゃんたち大丈夫だって! 八時にすいぞくかんの前でね、って!」
 嬉しそうに駆け戻って来たルシファに笑って、さて、とレイドは気合いを入れるのであった。

 ◆ ◆ ◆

「うわぁっ……すごいすごいっ! お姉ちゃーん、早く早くーっ!」
 ルシファは白い髪をぴょんこぴょんこと跳ねさせて、魚たちが悠然と泳ぐ、トンネル型の水槽へと向かって駆けて行く。まるで水の中にいるような感覚に、ルシファは大はしゃぎだった。魚はレイドが釣ってくる川魚ぐらいしか知らなかったから、こんなにも色鮮やかな魚がいるとは思わなかった。いや、あまりの多種多様さに本当にこれは魚なのかと、目を丸くした。
 大きいもの、小さいもの、色鮮やかなもの、シンプルな色のもの。初めて見る生き物ばかりで、なんだか嬉しくなった。
 それをのんびりと追うのは、ルシファが姉と呼ぶ須哉逢柝と、その師匠、須哉久巳だ。更にその後ろを、レイドが歩く。
「そんなに急がなくても逃げねーから、少し落ち着け」
 くすくすと笑いながら、逢柝がその手を取る。ルシファは、えへへ、と笑った。
「水族館なんて何年ぶりかね」
 それを微笑ましげに見やって、久巳が笑う。その後ろで呆然と歩くレイドを突いた。
「おい、なにぼーっとしてんだ」
「あ、いや……すいぞくかんって、海の中にトンネルが通っているのかと思って」
 ルシファのようにはしゃぎこそしないが、レイドも珍しそうに興味深そうに水槽を覗いている。久巳はにんまりと笑った。
「やれやれ、いい年したおっさんが若ぶってはしゃいじゃってまあ」
「お、おっさ……って、だ、誰がはしゃいんでるんだよ!?」
「おまえだ、おまえ。レ、イ、ド、くん? それから、ここ、海の中じゃねぇから」
 鼻先を突いてやって、久巳は呼ばれる声に踵を返した。レイドは、じゃあ陸の中に海でもあるのかよ、と小さく舌打ちをして、鼻をさすりながらその後を追う。
「ちっちゃーい、かわいーい! きいろーっ! ねえねえ、あのお魚さん、なんて言うの?」
「あれはキイロハギだな。暖かい海の方で生きている魚だよ」
「ほえー」
 水槽にべったりとくっついて、目をキラキラと輝かせるルシファと並んで、逢柝は少なからず浮かれていた。こうして誰かと水族館に来ることなんてなかったし、ましてやそれが、妹と可愛がる家族同然の存在だ。隣でこうして笑っていることが、嬉しくてたまらない。そして彼女の耳には、バレンタインの際に上げた赤い桃の花を象ったイヤリングが揺れている。それもまた、嬉しかった。
 一方。
「……釣りたい」
 じっと真面目な顔をしてアクリルパネルを睨み付けるのは、レイドだ。視線の先にはギンガメアジの群れが泳いでいる。
「あー、この魚、美味そうだよな」
 相づちを打つのは、久巳だ。それに無言で頷くと、ふと横切った巨大な魚影にレイドの視線が動く。まるで飛ぶように泳ぐ全長約1.2メートルのマダラトビエイだ。背中に白い斑点があり、鰭を羽ばたかせる姿はなかなかに優雅だ。
「あっちの方が食べ応えあると思うけど」
「って、何の話をしてるんだ、あんたらはっ!?」
 思わず逢柝の裏手が飛ぶ。久巳は笑って冗談に決まってるだろ、と言うと、レイドが若干ショックを受ける様な顔をする。
「……おい、まさかマジだったわけじゃ、ねぇよな?」
「な、なんのことだ?」
 視線が泳いでいる。
 ──絶対、本気だったなコイツ。
 師弟の心が一つになった瞬間であった。

「見て見てー! くまさんがいるーっ!」
 くま? いや、水族館でクマはないだろう。
 そんな自問自答をしながらルシファの指差す先を見ると、そこにはお腹に石を乗せ、貝をこつこつと打ち付けている、くりりとした黒目を持つ動物が仰向けになって浮いている。愛嬌のある顔を時おり巡らせて、再び貝に向かい器用に割って中身を食べる。満腹になったのか、殻と石とをぽいと投げ出すと、仰向けになったまま、きゅっと目をつむり、くるくると顔を洗った。
 その愛らしさは、ルシファの心をがっちり掴む。
「かわいーっ!」
「うん、かわいいな。でも、あれはクマじゃなくてラッコだ」
「らっこさん? くまさんじゃないの?」
 ルシファが首を傾げると、久巳が口を開いた。
「違うんだなぁ、これが。動物界脊椎動物門脊椎動物亜門哺乳綱ネコ目イタチ科カワウソ亜科ラッコ属。まあ、ネコ目ってとこまではクマも一緒だけど、クマはクマ科ってのに属するから、別の生き物だな。イタチ科は長くてほっそりした体付きなのが特徴かな。他のネコ目との違いは、全部の足指に爪がある五本指をしている、ってとこか」
「ふ、ふえぇ?」
 ぐるぐると目を回すルシファに、久巳は笑う。
「ま、どうでもいっか」
 ぽんぽんと頭を撫でて、久巳は次のゾーンへと続く看板を見つける。
「ほら、あっちは氷の上で生活する動物がいるみたいだぞ。ホッキョクグマとかペンギンがいるんだってよ」
「ぺんぎんさんっ! 行こう、お姉ちゃん!」
「おい、あんまり急ぐと転ぶぞ」
 ぐいぐいと逢柝の手を引いて、ルシファは駆けて行く。その背中を目を細めながら、久巳は笑った。
「元気だなぁ」
 その後ろ姿を追って、背中まで届くポニーテールが揺れた。

「あれ、アイツらどこ行った?」
 先ほどまで視界の先で、クマだラッコだとなかなか微笑ましい光景を見せていたのだが。赤い隻眼を巡らせて、自分の視界に二人を見つけられず、レイドはやれやれと頭を掻いた。
 今日は日曜日。小さな子供の手を引いてやってくる家族や、二人っきりで楽しむカップルもいる。この人ごみの中を回るのは少しばかり骨が折れるが、仕方がない。
「とりあえず、館内を回ってみるか」
 入り口で貰ったパンフレットを片手に、レイドはサンゴやイソギンチャクなどが美しく咲き誇る“Coral Zone”と書かれた看板に向かって歩き出した。

「ふわぁ、すごい、はやーい!」
 ルシファが目をキラキラとさせているその先には、くちばしが太く短い、背びれが大きく鎌形をした、バンドウイルカの姿があった。
 青い海と白い砂地にサンゴ礁の情景が再現され、イルカの他にも色とりどりの魚たちが泳ぎ回っている。太陽光が差し込む水槽は、上部に屋根がないため、水がキラキラと揺らめき、より幻想的な風景を作り出していた。
 また、時おりジャンプを披露するイルカたちのダイナミックな姿に、歓声が上がった。
「すごい、すごい!」
「はは、じゃあ後でイルカのショーを見に行くか」
「うんっ!」

 その頃のレイド。
「ペリカンに餌をあげてみませんかー? 上手にキャッチしてくれますよー」
 女性の飼育員だろうか、彼女の後ろには大きなくちばしを持った、白い鳥が行儀よく並んでいる。
 ルシファが好きそうだな、と思い、客の中に姿を探す。
 ここにはいないらしい。
 そう、確認して踵を返すと、その腕をがっちり掴まれた。
「いかがですか? 楽しいですよー。ペリカンって下のくちばしから喉にかけて、弾力性のある袋を持ってるんです。びっくりしますよー」
 そのにこやかな笑顔に顔を引き攣らせて、しかし強く断ることも出来ずに、レイドはずるずると餌場へと引きずられていった。

「おー、シロワニだ」
 逢柝が立ち止まると、ルシファはその視線を追って大きな水槽の前で立ち止まる。
「しろわに? サメさんだよ?」
 体長3.2メートルにも及ぶそれは、ぎょろりとした目をやりながら水槽の中を悠然と泳いでいる。口元から覗く牙は鋭く、いつでも噛みついてやるぞ、と言わんばかりに半開きの状態だ。
「まあ、サメはサメだけどな。シロワニって名前なんだよ、あのサメ」
「サメさんなのに?」
「まー、ワニザメってのがいるからな。それの、サメが取れたようなもんなんじゃねぇの」
「ふうん?」
 テキトーなこと言ってんなぁ、と思いながら、今度は口を出さない久巳であった。
「お姉ちゃん、小さいお魚さんたちとサメさんが一緒にいて、大丈夫なの?」
 聞かれて、逢柝は言葉に詰まる。知らない、とはなんとなく言いたくない。ちらりと視線を上げると、久巳が無言で笑っている。
 こんのクソババア!
 ……という言葉は飲み込んで、ちょっと待ってな、と言って逢柝はパンフレットをめくった。
「えーと……外見は怖く見えるけど、性格はおとなしくて人を襲うことはない。食性は魚食性で、得物を逃がさないために牙状の歯が奥に向かって傾きながら生えている、と……うーん、大丈夫かどうかは、よくわかんねぇなぁ。でも、一緒にいるってことは、大丈夫なんじゃないか?」
「そっか!」
 でもな、と言いかけて、逢柝は口をつぐんだ。
 ここは、水族館なのだ。今は心底ほっとしたようにしているのだし、せっかく楽しんでいるのだ。わざわざ水を差す必要はあるまい。
「そろそろ一休みするか?」
 逢柝の声に、ルシファは頷く。
「よし、さっきのアクアリウムに戻ろうか。アイスクリームが売ってたよな」

 その頃のレイド。
「お、オオサマペンギン。そういや、ルシファがそんな友達が出来たとか言ってたなぁ」
 ちなみに、オオサマペンギンとは、コウテイペンギンの次に大きなペンギンである。他、イワトビペンギンやマカロニペンギン、ジェンツーペンギン、マゼランペンギン、ケープペンギン、アデリーペンギンなどなどが岩場で暖かな陽射しを受けてまったりとしている。
 それにつられて、なんだかまったりしたところで、レイドはハッと我に帰った。
「あー、もう。アイツらマジどこ行った!」

「つめたくって美味しいね」
「歩き回ったからなぁ」
 談笑しながら、三人は和気あいあいとアイスを頬張っていた。火照った体に冷たいアイスが心地よい。
「それにしても、レイド遅いねー」
 はたとルシファが振り返るように言う。
「あいつ迷子になってたりしてなぁ」
 逢柝が言うと、まさか、と三人は笑った。

 その頃のレイド。
「……ここはどこだ」
 目の前には柔らかな陽光に包まれ、幻想的な海の中を泳ぐシロイルカの姿があった。
 うん、まあ、なんていうか、ぶっちゃけ迷った? みたいな?
 レイドは音を立てて血の気が引いていくのを感じた。
 まずい。これは、ひっじょーにまずい。
 彼女らを探していたはず自分が迷子とか、これ以上からかわれる要因はない。
 頭の中で逢柝と久巳が揃いも揃って小馬鹿にしたような笑い声をあげて、レイドは思わず水槽に手を付いた。
 すると、シロイルカがやってきて、レイドをのぞき込むようにする。顔を上げると、シロイルカは微笑んでいるような可愛らしい顔で、ぺこりと頭を下げてみせた。
 ……かっ……。
 喉まで声が出かかって、レイドは慌てて口をつぐむ。
 癒しだ。
 なんという癒し。
 と、シロイルカは微笑むように口を開いた。その鳴き声は、まるで小鳥のように聞こえて、レイドは目を見開く。
 シロイルカは、その小鳥のような美しい声を持つことから、海のカナリアと呼ばれている。そして、人に興味があるのか、その動きに合わせて泳いでみたりする。
 どうやらこのシロイルカはレイドに興味を持ったらしい。レイドが体を動かすとそれに合わせてちょこりと首を傾げたり、移動するとくるりと回りながら着いて来たりした。
 い、癒される……っ!
 レイドは思わずしゃがみ込んだ。
 そしてまたもや、はっと我に帰る。
 ともかく、ルシファたちを見つけ出さねば。
 見つけなければ。
 なければ。
 ……けれ、ば……。

「お」
「あ」
「ふえ?」
 さて、そろそろレイドを財布に昼飯でも喰いに行くか、というところで、三人は館内の隅っこにどよんと暗い一角を見つけた。何やらぶつぶつと呟きながら、体育座りで落ち込んでいるっぽい背中がある。
 逢柝はつかつかと近寄ると、その情けなく丸まった背中をどかんと蹴飛ばした。
「ってぇ! 何すんだ、このやろう!」
「何すんだじゃねーだろ、おっさん」
 振り返った先に逢柝がいて、レイドはざっと顔を青ざめさせた。
「まったくねぇ、こんなに可愛い女の子様を置いて迷子だなんて、とんだロリコンもいたもんだ」
「可愛い女の子ってそりゃ突っ込むところか? っていうか、ロリコン言うな!」
「黙れロリコン」
「な」
「いい年して迷子になったロリコン、ね。こりゃあ、傑作だ」
「お」
「なんだい、何か言いたいことがあるんならハッキリ言ってみたらどうだい?」
「迷子になって大の大人が体育座りで隅っこでいじけてました、ってか?」
「「はっ!」」
 ──レイド、撃沈。
 返す言葉もありゃしない。
「おら、行くぞ。飯だ、飯」
「財布が無いと困るからねぇ」
 魂が半ば口からはみ出た状態で、レイドはずるずると引きずられていった。
 頑張れ、レイド。
 ルシファは心配そうにきょとんと見てるぞ。
 きょとんと。

 ◆ ◆ ◆

「ふいー、食った食った」
「ごっそーさん」
「ごちそうさまでした」
「……ぉー……」
 ぐったりと突っ伏しているレイドに、三人は目を合わせる。
「レイド、レイド」
 ルシファがぽんぽん、と肩を叩くと、レイドは死んだ魚のような目でルシファを見る。
「大丈夫! 私もよく迷子になるもんっ!」
 旨を張ってにっこり笑うルシファに、上げかけた顔も音を立ててテーブルに落ちるというものだ。
「いや、ルシファ、それ追い打ち」
 さすがに可哀想だと思ったのか、逢柝がフォローに入る。
 フォロー?
 ……フォローということにしておこう。
「あ、そうだ! そろそろイルカのショーが始まるんだよね、行こうよ!」
 ルシファの明るい声に、イルカ、と小さく呟いて、レイドが立ち上がった。
 シロイルカ、シロイルカに癒されたい。
 そんな呟きが聞こえて来て、逢柝と久巳は苦笑いをした。

 招待券にはどうやら、このショーも含まれていたらしい。チケットを見せると、最前列の絶好の席に座ることができた。
 ブザーが鳴った。
『皆さーん、ようこそ、銀幕水族館へ! 今日の日のために、みんな一生懸命練習してきました。最後まで楽しんでいってくださいねー!』
 言うと、イルカが四頭、プールから飛び出した。そのダイナミックなジャンプに歓声が上がる。
 そのジャンプを合図に、軽快な音楽が流れ出した。イルカたちは音楽に合わせてスピーディーで華麗な連続ジャンプや、吊るされた輪や飼育員が持つ輪をくぐり抜けたり、投げたボールを口先でパスしたりと、多彩な技を披露した。
 が、しかーし。
 レイドの災難はなかなか去ることがなく。
 華麗なジャンプとともに上がる水しぶきをモロに被った。 ぽたぽたと髪から水滴が落ちる。 器用にもレイドだけにかかったのだから、なんていうか笑えない。
「えーと、大丈夫か?」
 頬を掻きながら、とりあえずハンカチを差し出す逢柝。それを無言で受け取って、とりあえず顔だけ拭いた。
 その後、アシカのコミカルなパフォーマンスやペンギンたちのジャンプ、シロイルカの歌の披露など、ショーは順調に続いた。
 ショーも半ばにさしかかった所で、アナウンスがかかる。
『では、ここでイルカたちとふれ合う時間にしまーす! 触りたい方、どうぞ、手をあげてください!』
「はーいっ!」
 子供たちの元気な声が響く中、一等際立ったのは、ルシファの声だった。
『はい、では一番前の列の、白い髪をした元気なお嬢さん! 前へどうぞ! ご家族の方もどうぞ、いらしてくださいねー!』
 言われて、ルシファはぱっと顔をほころばせる。
「行こう、レイド、お姉ちゃん!」
「っし、行くか!」
「俺はいい、お前らだけで行って来い」
「レイドも行くのーっ!」
 ぐいぐいと手を引くルシファに、レイドは助けを求めるように久巳を振り返る。と。
「楽しんできな、“おとうさん”」
 にやにやと笑いながら、その手にはいつの間に買ったのか、カメラがきらりと光った。
「ちょッ!!?」
「ほら、行くよ」
「あぁああああ、ちょッ、まっ……」
 ずるずるとルシファと逢柝に引きずられて、レイドはプールサイドまでやってきてしまった。
 観客席では、久巳がくつくつと笑っている。
『怖くないですからねー、はい、では手をこちらに』
 プールサイド近くで、イルカたちが並んでこちらを見ている。おそるおそる手を差し出すと、イルカはそのヒレを上げて、ルシファと逢柝の手に触れた。
「イルカさんと握手しちゃったー!」
 嬉しそうに笑うルシファに、自然と頬が緩む。
『はーい、じゃあお兄さんは、シロイルカのユウちゃんとキスしてみましょーう!』
「えっ」
 レイドは思わず後ずさった。
『あれぇ、お兄さんはちょーっと照れ屋さんなのかなー?』
「うん、レイドは照れ屋さんなの」
「こらーっ!」
 どっと笑いが起きる。レイドは真っ赤になりながら、押し出されるままにシロイルカのユウちゃんと向かい合う。
『はい、お兄さん。緊張しないで、ほっぺたをユウちゃんに向けてくださーい』
 くすくすと笑い声が聞こえる。レイドは半ばヤケクソになっていたが、つぶらな瞳がこちらを見ているのがわかって、なんとなく目を併せられなくてふいと逸らす。それが図らずもユウちゃんにほっぺたを向けることとなった。
『はーい、ユウちゃん、お兄さんにちゅってしてあげてねー』
 なんだその恥ずかしいセリフ。
 そう心の中で思っていると、ふわっとシロイルカが水中から身を乗り出して、その頬にキスをする。
『お兄さーん、感想はー?』
「……やわらかい」
 思わず口をついた言葉に、レイドはハッと耳まで真っ赤になった。
『そうでしょう、寒い地域で生きているシロイルカの顔や頭の脂肪層はとても柔らかいんですよー』
 と、お姉さんの解説が入り、ほっと胸を撫で下ろした。
 あー、今の、絶対からかわれる。
 そろりと顔を上げると、逢柝がにやりと笑っている。
『お嬢さんたち、ありがとうございましたー! 皆さん、盛大な拍手をお願いしまーす!』
 拍手に送られて、三人は席へと戻った。
「……『やわらかい』だって? やれやれ、ロリコンな上にスケベだったとは」
「な、そ、ちがっ!」
「レイド、耳まで真っ赤だよ。風邪?」
「ちげぇよ!」
「ルシファに当るなよ、スケベロリコン」
「だから違ーうっ!!」
「安心しなよ、ばっちりカメラに収めてやったから」
「ああ、もう……」
 ぐったりと頭を抱えるレイドをよそに、音楽はラストへ向けて盛り上がっていく。やがて最高潮に達し、イルカたちはクロスするように飛び跳ね、そして本当のラスト。少しずつ高度を増していくイルカたちのハイジャンプは最高点に到達し、一瞬場内が静まり返る。
 ざばん、と着水した音がして、音楽が終わりを告げた。
 わっ、と歓声と拍手とが沸き起こった。ブラボーの声も飛んでいる。イルカたちがありがとう、と挨拶をするように水面に顔を出して回った。アシカやペンギンたちも、一礼をする。
『今日はご来場いただき、本当にありがとうございましたー!』
 それにまた大きな歓声と拍手とが送られて、ショーは終った。

 ◆ ◆ ◆

「お姉ちゃん、これお揃いで買おう!」
「んじゃ、色違いにすっか」
「うんっ!」
「うーん、さすがに酒は置いてないか」
「師匠、こんなところで何買う気だよ……」
 わいわいと三人がお土産を選んでいる間、レイドは少し離れた所でそれを眺めていた。
 その後、やれ似顔絵だ(レイドの人相が悪過ぎて似過ぎて爆笑された)、やれワンニャン触れ合いだ(水族館でワンニャンってなんだ)のと、再びあちこち周りまくって、残るはさてお土産だ、と喜び勇んで行った女性たちに、レイドは体力あるなぁ、と遠い目をした。久巳が小さくひ弱、と呟いたのには聞かなかったことにする。椅子に腰掛けて、レイドは微笑み合う三人に頬をゆるめた。
 人は多いわ、迷うわ、水被るわ、からかわれるわと、なんだか災難な一日でもあったように思う。けれど、それでも楽しかったと思えるのは、彼女らと一緒だったからであろう。
 ルシファと二人で、生きてきた。
 世界に疎まれ、生きてきた。
 それが、優しく迎え入れてくれて、隣で笑ってくれている。
 これ以上の幸いを、どうして願えよう。
 レイドは空を見上げる。陽は傾きかけて、オレンジ色に染まって行く空が綺麗だと思った。
「レーイドー!」
「ぶっ」
 ルシファの声に顔を起こすと、ぼふん、と何かにぶつかった。
「な、なんだぁ?」
 見ると、そこには実物大とまではいかないが(いったら大変だ。三メートル以上あるのに)、ルシファが隠れるには充分なほどの大きさのシロイルカの抱き枕(クッションか?)があった。
「レイドにあげるっ!」
「はぁ? こんな馬鹿でっかいもんどーしろと」
「シロイルカが気に入ったみたいだったからなぁ」
「せっかくだし、いいんじゃないかと思ってな」
 何がどう働いて、せっかく、になるんだ。
 ルシファがしゅんと項垂れそうになるのを見て、レイドはとっさにそのシロイルカを取り上げるように受け取った。
「どーも」
 いうと、ルシファは嬉しそうに笑う。それに笑って、さてどうしたもんかね、とシロイルカを小脇に抱え込む。
「似合う、似合うぞ、レイド!」
「パジャマ来て枕と一緒に抱えたら最高だぞ!」
「うるせぇ、この師弟っ!」
 やっぱり最後までこうなのか、とレイドはがっくりと肩を落とす。
「おら、そろそろ帰ンぞ」
 歩き出した背中を追いかけて、ルシファがととと、と隣までやってくる。
「あのね、レイド」
「あー?」
 帰って風呂入ってソッコー寝たい。そんなことを考えながら生返事を返すと、
「チケット、当ててくれてありがとう。すっごく楽しかったよ!」
 声に、立ち止まって振り返る。
 振り返った先に、にっこり笑ったルシファと、ぎこちなく笑ってみせる逢柝と、静かに微笑んでいる久巳がいる。
「今日は、サンキュな」
「久々に騒いで、面白かったよ」
 笑ってる。自分に、向かって。
「また来ようね!」
 そこでレイドは、ルシファと逢柝の腕に自分が作ったブレスレットがあることに気が付いた。久巳のポケットからは携帯電話のストラップが覗き、それも自分が渡したものだと気付く。
 三人の顔を改めて見渡して。
 心底楽しかった、というような笑顔に、レイドは小さく微笑んだ。
「……ばぁーか」
「はぁっ?! なんだよ、人が素直に礼を言ってんのに!」
「うっせ、ばかいき」
「変な省略すんじゃねぇロリコンッ!!」
「誰がロリコンだっ!!」
 わしゃわしゃと逢柝の頭を振り回しながら、レイドは笑う。
 たまには、こういうのも悪くない。
 レイドの腕の中で、シロイルカが優しく微笑んでいた。

クリエイターコメントお待たせしました!
家族四人での水族館、いかがでしたでしょうか?
途中、楽し過ぎて暴走してしまった感が否めないんですが、笑って許していただければ幸いです。

口調や設定など、何かお気付きの点がございましたらば、なんなりとお申し付けくださいませ。
此度はありがとうございました!
公開日時2008-06-19(木) 19:20
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